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    Cocco / ニライカナイ

    • 2010.06.15 Tuesday
    • 09:16
    Cocco,根岸孝旨
    ビクターエンタテインメント
    (2010-06-09)

    PV視聴

    むかし、ロックは反抗の音楽でした。
    何に対して反抗していたのかというと、権力や体制といった、大きなものに対する反抗だったんです。ファッションとしてのロックよりも、反骨精神としてのロックが力をもつ時代があったんです。いまの若い人は、そんなロックを知らないかもしれませんね。だって、何に反抗したらいいのか、非常に判りづらい時代ですから。「ロックは死んだ」と歌った人もいましたが、ロックはいま、まさに息も絶え絶えの状態です。

    ロックをはじめとする、音楽が世界を変えるという幻想が力を持った時代もありました。アメリカでは1969年にウッドストックという伝説的な野外コンサートが行われました。ウッドストックが実際に「愛と平和」の祭典を体現するものであったのかどうか、その実態はわかりません(ぼくがまだ生まれる前の出来事です)。ただ、音楽が世界を変えるという幻想が、大きなうねりとなって、特に若い人たちの心をとらえたことは確かなようです。

    80年代に入り、音楽は商業的なものとなり、レコードのセールス数が増加するように、より多くの人が接するものになります。それでも、まだ音楽の持つ力に人々は希望を託すことができました。1985年にはアフリカの飢餓と貧困層解消のために、マイケル・ジャクソンやライオネル・リッチーをはじめとするビッグネームたちが集まり「We Are The World」という曲が作られます。

    90年代は、ぼくがリアルタイムでロックに触れた青春の時代です。オアシスのことを書きましょう。彼らもまた、反抗者でした。常に社会に対してつばを吐く彼らのアイデンティティは、マンチェスターの労働者階級出身であるという点にあったのでしょう。彼らのやりたい放題な姿に、どこかマイノリティな自分(だと自分では思っていた)を重ね合わせるのが、痛快でもあったんです。繰り返します。ロックにはファッション性も確かにあります。でも、ぼくがロックを聴いていた理由はファッション性にはありません。ロックがロックたる理由を彼らは持っていたように思います。

    近年、かつてロックを鳴らしていたミュージシャンの再結成がブームです。しかしその多くは、同窓会のノリで、それはもう完全に商業ベースに乗ったものです。懐メロ、ファッションでしかない。(そうではない、反抗の時期を過ぎて、ゆるやかな進化をしているミュージシャンもおりますが、それはまた別の話なのでまたの機会に。)

    2008年。ニール・ヤングが自作のドキュメンタリー映画『CSNY Deja Vu』の記者会見でこう語った事が、ちょっとしたニュースになりました。
    音楽で世界を変えることができた時代は過ぎ去った。今、この時代にそういう考えを持つのはあまりにも世間知らずだと思う。
    この言葉をどう捉えたらよいのでしょうか。ただ単に年寄りの悲観的な発言なのでしょうか。40年にわたり反骨精神としてのロックを体現してきた人物(詳しくはこちら)だけに、その発言には重い響きがあります。
    これはもちろん「ラブ&ピース」の否定ではありません。(ニールはその後このような声明を出したようです)ただ、「ラブ&ピース」の「気分」だけでは世界は変わらない、戦争は無くならないと云うことを、イラク戦争や各地の紛争が続発する近代史からぼくたちは学ぶことができます。


    前置きが長くなりました(前置きかよ)。

    Coccoの新曲『ニライカナイ』をくり返し、聴けば聴くほど、これはすごい曲だとの思いを強くしています。なんでしょうか、この気持ちは。「音楽の持つ力を信じられた」という次元でもありません。ただ、ただ、圧倒されるのです。曲中で鳴らされる琉球國祭り太鼓に合わせ、鼓動が高鳴るのを感じます。こんなにも、はげしく燃えるような音楽を、ぼくは久しく聴いていませんでした。

    ぜひ、PVをご覧ください。Coccoは、まるでなにかの化身のよう、そう、「沖縄」の燃えさかる炎のようです。(Coccoと沖縄についてはこちらに記事を書きました。)彼女自身を取り囲む、すべてのものと、向き合うことを決意した、悲壮なまでの覚悟(女性はすごいと思います)が、歌声に、表情に表れているような気がします。

    COCCO CHAnNELより
    「沖縄人として被害者意識はない」とCoccoは言います。なぜなら「沖縄自身も沖縄を傷つけているから」。それでもCoccoが、目の前の現実や沢山の問題に対してさまざまな憤りを抱えているのは事実です。
    「一度も東京を嫌いだと思ったことはない」とも、Coccoは言っています。それでも叫びたいことはあふれていると思います。
    今回のPVでCoccoが表現したかったこと。
    「本土を責める沖縄」
    「沖縄人による沖縄への攻撃」
    「本土人に支えられている沖縄」
    「沖縄の声が届くことのない本土」
    怒り、翻弄、矛盾、願い、祈り。
    雷光と共に登場する獅子に抱かれたCoccoは、ひっそりと咲いた平和の赤花のように穏やかです。
    そして、本土人の胸に眠りながらもCoccoが手にしているのは「ジーファー」という沖縄のかんざし(Coccoは幼い頃、ジーファを護身のために使っていた琉球芝居を観て以来、ジーファー=女が身を守る物、というイメージがあるそうです)。PVで実際に使われているジーファーは、Coccoの大親友である琉球金細工七代目の又吉健次郎氏から贈られた物です。


    これ以上の解説は野暮でしょう。

    ただ、彼女のうたを聴いて、ただ、感じて下さい。
    音楽的に好きだとか嫌いだとか、という次元を越えた「なにか」が存在します。それはロックが置き忘れて来た「なにか」でもあるような気がするのです。

    Jun Miyake / Stolen from Strangers

    • 2009.04.30 Thursday
    • 18:10
    JUN MIYAKE
    ビデオアーツ・ミュージック
    (2007-10-24)

    試聴 試聴

    ゾクゾクした。。。僕の中ではsusumu yokota以来の衝撃。三宅純。こんな日本人がいたとは!ジャズもボッサもエレクトロニクスも現代音楽も飲み込む、素晴らしすぎるセンス。世界に誇れる音楽家ではないでしょうか。リーダー作としては7年ぶりという本作『Stolen from Strangers』は、制作に5年をかけ自ら立ち上げたレーベル“drApe”からリリース。

    幕開けはアート・リンゼイがボーカルを執るボサノヴァ調のナンバー。しかしこの密度の濃さはどういうことだろう。音の鳴り方は至極さり気ないものなのだが、ひとつひとつの音がじりじりと絡み付くように妖しく、ひりひりと焼け付くような温度を孕んでいる。曲調はソフトなのに全くリラックスできない!そわそわする。この得体の知れない妖しさこそが本作の魅力の神髄にあると思う。この人は狂気を知っている。またそれを俯瞰する冷静な眼を持っている。すなわち優れた芸術家でありデザイナーであり演出家であり演者である。このアルバムが織りなす異様な緊張感は、狂気と紙一重の研ぎ澄まされた感性が成し得るものだ。だからこそひとつひとつの音が芸術的で、儚くも美しい。

    前述したアート・リンゼイの他にもアルチュール・アッシュ、サンセヴェリーノ、ヴィニシウス・カントゥアリア、ピーター・シェラー、ブルガリアン・ヴォイスなど様々なゲストを迎えて、映画音楽のようなナンバーから昭和歌謡風のものまで、バラエティに富んだ曲が集まっている。フレンチの香りを軸に、一分の隙も無いハイブリッドな完成度は圧倒的なまでの緊張感を生み、そのどれもが妖しく魅力的であり、アルバムを聴き終えた時に残るのは濃密な余韻。

    流麗なメロディに心を癒されたり、躍動するリズムに身を任せたり、歌詞に自分を投影させたりと、音楽の聴き方・楽しみ方には様々なアプローチがあると思うが、本作に於ける快感は“芸術に触れる喜び”だと思う。かと言って小難しい音楽にはなっていないのがすごいところでもある。
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    Morphine / Good

    • 2009.04.23 Thursday
    • 11:05
    モーフィン
    ビデオアーツミュージック
    (1996-06-25)

    試聴

    かつてMorphine(モーフィン)というバンドが存在した。先日紹介したソウル・コフィングと共に、'90年代中期のロック・シーンに於いてひときわ異彩を放っていたバンドだ。しかし当時まだ若かった僕はソウル・コフィング以上にこのバンドはさっぱり理解出来なかった。でもずっと気にはなってた。

    そして今になってこのバンドの異様な格好良さがわかるようになった。言うなれば大人のロック。モーフィンの音楽は夜にこそ似合う。夜の帳がおりる頃に彼らのステージは幕を開ける。闇の彼方から近づいてくるベースの音、パーカッシヴで軽快なドラムス、低音を奏でるバリトンサックス、絡みつくようにセクシーなボーカル。二弦スライドベース、ドラムス、バリトンサックスの三編成という形態もユニークながら、彼らの音楽性の特徴を一言で表すならばそれは「低音」の魅力だ。デビュー盤である本作にして既にそのスタイルは確立されている。
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    Soul Coughing / Ruby Vroom

    • 2009.04.13 Monday
    • 23:54
    ソウル・コフィング
    ポリドール
    (1995-02-01)

    試聴

    '90年代中期のロック・シーンにおいて、知る人ぞ知る的な存在ではあるけれども、独特のグルーヴで異彩を放っていたのがソウル・コフィング。Gラブ・アンド・スペシャルソースやベックあたりを引き合いにして紹介されることが多かった気がする。当時は”ヘンテコな音楽”があるものだなあと思っていましたが、時を経て俄然大好きになりました。3枚のオリジナル・アルバムの中でもこのデビュー盤がいちばん個性的=ユニーク。ジャズ、ブルース、ヒップホップ、ロックが自然に融合した「いかにも90年代」的な音で、ルーズなグルーヴ感というか、力のぬけ具合が最高です。

    プロデューサーはチャド・ブレイク、NYの先鋭的ジャズクラブ「ニッティング・ファクトリー」絡み、といえばセンスの良さは折り紙付き。ドアの軋む音やカモメの鳴き声などがサンプリングされたサウンドは当時としてはかなり斬新なものだったと思います。いまやロックに於いてもサンプリングは当たり前になりましたが、いま聴いても今作のユニークさが衰えていないのは、単にサンプリングの目新しさだけに留まらない、楽曲そのもののクリティが高いからなのだと最近になって気付きました。
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    Calm / Silver Moon

    • 2008.04.17 Thursday
    • 10:06
    CALM
    MUSIC CONCEPTION
    (2008-02-08)

    試聴

    ここ山形ではちょうど現在、桜が満開です。昨日来の雨風で散ってしまうのが残念ですが、しっとりと雨に濡れた桜の花というのもまた艶やかで情緒があるもの。数年前から名物になりつつある山形市馬見ケ崎川沿いの桜のトンネルは誰もが目を奪われるであろう美しさでした。日本人にとって桜ほど誰の心にも響く花は他にないと思うのですが、僅か一週間で散ってしまうという儚さ、そして儚いがゆえに瞬間に見せる満開の美しさというものが、我々の心を捉えて話さない理由であり、日本文化の繊細な感覚を育んできた一端であると思うのです。

    日本のチルアウト/バレアリック・ミュージックの先駆者の一人であるCALMの新譜が届きました。一言で言ってしまうと、いかにも「CALMらしい」アルバム。
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    小沢健二 / Eclectic

    • 2008.03.10 Monday
    • 00:40
    EclecticEclectic
    小沢健二
    EMIミュージック・ジャパン
    (2002-02-27)

    今までぼくはこのアルバムを余り聴かなかった。それは本作を最初に聴いた時の芳しくない第一印象をずっと引き摺っていたからで、最近になってふと聴いてみようかなと思ったことによってその印象はくつがえされることになるのだが、音楽そのものは当時から変わらずCDに刻印されていたものとして存在し続けていたのであって、印象が変わったということは2008年の自分の耳が2002年当時の耳から変化したことを思い知らされる。このアルバムはなかなかに魅力的だ。いや、かなりの傑作だ。いまの自分はそう言える。

    その前に、まずは最初に本作を聴いた時の感想から振り返ってみる。
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    小沢健二 / 毎日の環境学

    • 2008.02.25 Monday
    • 21:43
    小沢健二,小沢健二
    EMIミュージック・ジャパン
    (2006-03-08)

    オザケン4年ぶりのニュー・アルバムは、なんと全曲インスト。
    彼のファンにしてみれば生命線とも言えるボーカル(歌詞)を封印した真相やいかに。

    で、どうなんだおい、と言うと。これが2006年のオザケンだと言わんばかりの傑作。に思う。基本的には前作の雰囲気を引き継ぐサウンドと言ってよい。ややシャキシャキ感が増したか、前作ほどアダルティではなく、そこかしこに以前の彼らしい軽やかさが見える。生楽器と打ち込みが適度にブレンドされたサウンドはなかなかにハイセンスであり、意味深な曲タイトルと相まって、哲学的にさえ聴こえてくる。あるいは意味深なジャケットと相まって、寓話的なおはなしが浮かんでくる。想像力を増幅させるおんがくなのだ。歌詞がないのに歌詞があるような。それも聴く人によって異なる言葉を投げかけてくるような…
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    万波麻希 / 自己解放の旅

    • 2008.02.14 Thursday
    • 10:59
    万波麻希,万波麻希
    Pヴァインレコード
    (2006-03-03)

    試聴 試聴

    すでに海外での活動やライブで話題になっていた万波麻希の、満を持してのデビュー盤。クラブ・サイドから多数のゲストを迎え、ジャズの素養をベースに持つ万波嬢が様々な表情のボーカルを聴かせる。ジャズ・シンガーとしても活動していただけあって、デビュー作ながら、ある種の風格が漂っている。
    壮厳なオープニングの「ゼロ地点より里程標(マイルストーン)へ」に始まり、スパニッシュ・ギターがエキゾチックに響く「Renacer」、Calmによるミックスで先行シングルとなった「Power and Force」など、バラエティに富んだ充実の仕上がり。

    クラブ・ミュージック・ミーツ・ジャズな音楽性はもちろん、艶やかで張りのあるボーカル、容姿端麗ですらりとしたルックス、雰囲気。ポスト・マンデイ満ちる的な存在感だと思った。iTunesの「今週の無料ダウンロード」にも登場していたので耳にした人も多いのでは。前述したCalmの他、菊地成孔、Isao Osada、伊藤芳輝(Spanish Connection)、Chaos(Insector labo) らが参加。
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    Cinematic Travels / Ancient Future

    • 2007.07.15 Sunday
    • 17:27
    ロン・トレント・プレゼンツ・シテマティック・トラベルズ
    VILLAGE AGAIN
    (2007-06-13)

    試聴

    NYディープ・ハウスの重鎮、ロン・トレントが新プロジェクトを始動。スティングやハービー・ハンコック他と共演したパーッカショニストAngel Figueroa、ビル・ラズウェルやタルヴィン・シンとの共演で知られるKarsha Kale等、NYの実力派ミュージシャン等による生バンドを軸とした壮大なサウンド。
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    4 hero / Play with the changes

    • 2007.01.21 Sunday
    • 10:48
    試聴

    これこそ、2007年型フュ−ジョン・ソウル。

    ウエスト・ロンドンから音楽の未来を模索し続ける、DegoとMark Macによるユニット 4hero。名作『Two Pages』の大ヒットにより、多くの人にとっては“ドラムンベース”アーティストのイメージが未だに強いかもしれない。しかし、デトロイト勢とも共振する彼らの音楽の中心にあるのは“ソウル・ミュージック”なのだと再認識しなければなるまい。続く『Creating Patterns』はドラムンベースに偏ることなく音楽性の幅を大きく広げたアルバムであった。さらにDegoは2000Black、DKD、シルエット・ブラウンといったユニットでブロークンビーツの行くべき道を追求し続け、Marc MacはVisioneers名義にて生楽器とサンプリングを絶妙にブレンドしたオーガニックでジャジーなヒップホップでその類い稀な手腕を発揮している。各々の活動が充実していたため『Creating Patterns』から6年ぶりとはいっても久しぶり感はあまりない。むしろ二人のソロでの活動の成果がよくわかる、期待を裏切らない納得のアルバムになっている。
    続きを読む >>

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